お前変わってんな!

キチガイだけどマジメな女の備忘録

ヒプノセラピー(前世療法)で見たもの

 

ラジオから聞こえてきた誰かの前世

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きっかけは単なる好奇心だ。

 

大学3回生の終わり頃。深夜1時。7畳一間の部屋で、私は部屋の片付けをしながら、ラジオを聴いていた。お笑いコンビバナナマンの2人と、ゲストが話している声が流れ込んでくる。その日のテーマは、世の中の不思議な話で、ヒプノセラピー(前世療法・退行催眠)に関することだった。

 

ヒプノセラピーを簡単に説明すると、催眠術の専門家が行う療法だ。催眠術によって過去の自分をどんどん遡って行き、生まれる前(前世)まで見ていって、トラウマを解消したり、今世で生きて行く一つの指針みたいなのを探るためのものだ。

 

「自分の前世があるのかないのかも分からないけど、あるとしたら、どんなもんか見てみたいとおもったんすよ」

 

うろ覚えだが、そんな感じのフレーズが聞こえて来て、うん?前世?と、私は思った。はたまた随分と、怪しい話をしているな。片付けをしていた手が止まる。

 

そのゲストの人の名前も知らなかったが、話に何故か引き込まれた。その人の前世は、今はインドネシアになっている島で、そこのリーダーをしていたらしい。時は200年前。イギリスが攻めてきて、その人は島を捨てて出て行く。島を裏切ったような罪悪感を生涯抱えて生きたそうだ。

 

「台の上で死ぬときに、家族に看取られていた。その瞬間に、捨ててきた島の住人も看取りに来てくれてて、島を裏切ったのに会いに来てくれたと、号泣してしまった。全部、ハッキリした映像で見えたんすよ。あれが前世だったかは分からないけど、かなりの不思議体験でした。」

 

確か、そんな内容で話は終わっていた。

 

自分の前世も知りたい

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おっもしろい。私にも前世らしきものがあるなら見てみたい。と、聞き終えた瞬間に思った。

 

私は、部屋の片付けを再開したものの、その後のトークは耳に入らず、ずーーっと考えていた。その頃のフットワークの軽さは異常過ぎた。自分を若いと思っていたのか、若い時間は短いと思い過ぎていたのか、興味があることにはすぐ飛びつき、一瞬で体験し、一瞬で飽きた。本当、好奇心モンスターだ。オカルトだなとか怪しいとかいう考えもあった。催眠でフラフラしたまま、変な壺とか買わされたらどうするんだ?なんて不安もあったけれど、好奇心が遥かに勝った。今考えたら少し危なっかしいが、次の日にはアメリカの資格を持つ人を見つけ出し、予約を入れていた。仲の良い友達に話すと当然のように引かれた。それでも好奇心は止まらない。

 

 

実際に見た自分の前世..?

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当日、ある部屋を訪れると、肌がとってもきれいな、いたってふつうのおばさまが出迎えてくれた。とても上品な人で、おばさん、ではなく、おばさまと呼ぶのに適しているなと思った。宝石だらけの手指も、変な置物もない、普通の空間、上品な普通のおばさま。

 

特にトラウマや悩みもなさそうだけれど、どうして来たの?と聞かれ、私はまっすぐ答えた。

 

自分の頭の中に自分の前世があるなら見てみたいと思いました。それが前世かどうかも分からないけど。

 

おばさまは笑う。じゃあ、それを確かめる前に、一個だけ教えて欲しい。小さい頃から、何故かこれだけは好きだったとか、これをすると落ち着くとか、ある?前世に戻ってもらったときに、まず、そういう好きな場面から始めるから。

 

私は暫くの間考えて答える。昔から、何故か広いところが好きだった。広くて開けていて見渡すということができるところ。

 

わかりました。おばさまは、背もたれが高めの椅子を指差す。どうぞ、座ってください。

 

怖いとか、もう見たくないと思ったら、無理にでもいいから起きてくださいね。そう前置きをして、おばさまは目の前にキラキラとしたクリスタルがついた振り子みたいなのを取り出し、それを見つめるように私に指示する。1から10まで数を数えている間に瞼がおもくなり、目を閉じると、広く広く、開けた場所に出ます。すぐに。

いきますよ、1...2...3...4...5...6...7...8...9...10...

 

そんなんでいいのか。そう思っていたが、私の瞼はいとも簡単に重くなり、10の前には閉じていた。少し遠くからおばさまの声が聞こえる。今、何が見えますか?

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ぱっと空が晴れ、驚くことに、私は青空の下のひまわり畑に居た。広大で、どこまでも続いている。ひまわりは全て同じ方向を向き、咲き誇っている。本当に本当にビックリしすぎた。すると、私の口が勝手に動く。大きな大きなひまわり畑があります。

 

そうですか。それはどこ?おばさまが問う。どこかなんて分からないよ、そう思った瞬間、また私の口が勝手に動いた。

 

ここはスペインです。

 

おいおい待てよ、私、何言っちゃってるの?と本気で思った。その時、完全に私は二つに割れているようだった。おばさまと会話する私と、何が起こっているのか分からない私がいた。少し混乱気味の私をよそに、おばさまは更にたくさんの質問をした。性別、今の服装、年齢、今何をしているか。私(?)は、するすると答える。私は女で、真っ白い服を着ていた。歳は16歳。気持ちいい天気だったから、ひまわり畑に風に当たりに来たらしい。

そうなの。それは素敵ね。おばさまは優しい声で答える。じゃあ、次の場所に行きましょうか。

 

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肩を叩かれると、パッと場面が変わった。私は色んな食材が入った袋を抱えて坂を登っていた。手をよく見ると、私の肌は真っ白だ。視界に入った長い髪は綺麗に編み込みされて、赤茶色だった。レンガ造りの家や、白い外壁の家がある。近くには海も見えて、夕日が眩しい。

 

ある家の前でふくよかで笑顔が素敵な男性に話しかけられ、野菜をもらった。声や音はなかったが、他にもたくさんの人に声をかけられた。みーんな優しい笑顔だった。

 

そこで、またおばさまの声がして、その状況を説明する。どうやら私(?)は食材を買い出しして家に戻る途中らしい。

 

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あなた、家族は?そう問われ、私(?)は申し訳なさそうに答える。家族はいません。戦争でみんな死んでしまって..。でも、近所の人がみんな優しくて、常に気にかけてくれます。とても寂しい。寂しいけれど、1人きりではないです。

 

そう..。仕事はしているの? 仕事は、裁縫です。服とか、帽子とかを縫ったり。とても楽しく、やりがいがあります。

 

私(?)から出てくる言葉を、私はただただ黙って聞いていた。その間に見える映像も余りにもリアル過ぎた。白い外壁の、一人暮らしの家。色とりどりの布と古いミシンが置かれた仕事場、寝室の小さな窓から見えるキラキラとした青い海。リアル過ぎて少し怖かった。でも、ちゃんと最後まで見てみたい。その瞬間でも、好奇心が勝っていた。

 

じゃあ、肩を叩いたら、あなたが亡くなる瞬間に行きますよ。1..2..3..

 

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また場面が変わり、私は天上の方にいた。古びたベッドの上には、しわくちゃのお婆さんが寝ている。少し横向きで、ピクリとも動かない。

 

誰か、近くにいる? 居ません。結婚もしなく、子供もできなかったので、最後も1人でした。

 

そうだったのね。 おばさまは一呼吸置いてから、ゆっくりと私(?)に問う。その時(前世)のあなたから、今のあなたに伝えたいことや、今の人生で成し遂げたいことはある?

 

私(?)は、少し考えているようだったが、また自然と口が動く。何か大きなことを成し遂げたいとか、そういうことはありません。ですが、孤独に耐える力は、もう要りません。その代わり、多くの人を愛し、愛を渡せる力が欲しい。人に愛を渡して生きたい。

 

分かりました。あなたは、孤独に耐える力を手放し、多くの人に愛を渡して生きる力が欲しいのですね。 はい、と私(?)は頷く。

 

では、今いる場所に戻ってきましょうか。数を3つ数え、大きく手を叩くと、あなたの瞼は開きます。いきますね、1...2...3...

 

パンッという大きな音とともに、私はガバッと起き上がった。目からは一筋だけ涙が流れていた。前世はスペインでしたね。おばさまの優しい声が横からして、振り向くと、ニコニコと微笑んでくれた。

 

更におばさまは続ける。ちゃんと対話ができて良かった。今の人生に求めていることも聞けたしね。それを聞いてどうあなたが思うかは分からないけれど、きちんとした仕事はできたかなと思います。お疲れ様でした。

 

 

今、振り返って思うこと

 

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あの時見たものが何だったのかと言うのは、今でも分からない。前世とかいうのも未だに信じられない。

 

スペインは行ったことがないので、ググってみると、アンダルシアというところが海辺の町で、ひまわり畑もあるらしい。写真をみると本当にそっくりで、未だに少し怖い。ただ、小さい頃から色んな映像を見てきたことでの刷り込みかもしれない。つまり、自分の無意識の世界を旅しただけかもしれない。全て、「かもしれない」でしか語れない話だ。

 

私(?)からの私へのメッセージみたいなものもあったが、それを意識して生きているわけでもないし、未だに、ふーん、そうなのか、と時々思い返すぐらいだ。

 

ただ、1つだけ変化したことがある。

 

何か物を考えて決断する時、自分は本当はどうしたいのかをより、自分に問うようになった。

 

あの体験で、もう1人の自分みたいなものを強烈に体感して意識した。それによって、自分のことに関して、未だに分かってないこと、知らないことも多いのかもしれないなぁと何となく思った。何故だかわからないけれど、これからの決断は、自分に聞いて、自分で決めたい。そう、更に強く思うようになった。

 

結局は、一番の満足は、好奇心が満たされたことだったかもしれない。笑

好奇心のきっかけとなったラジオの音源がyoutubeに落ちていたので、興味ある方はどうぞ

 前世はインドネシア集落のリーダー!?ゲストと語る不思議体験が凄い バナナマン バナナムーンGOLD2013.08.09 - YouTube

 

 

 

 

北朝鮮人の友達のスピーチ

「私の通っていた学校は、朝鮮の中でいちばんの学校なんです。」

 彼女は、流暢な中国語で話し始めた。

 

その子の名前はミニョン。私の唯一の、北朝鮮人の友達だ。

 

 

 少し垣間見えた北朝鮮の現実

 

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もう何年も前、私は中国にいた。

国際理解の授業で、私たちはミニョンをぐるっと輪で囲んで、スピーチを聞いている。輪の中には日本人があと1人、韓国人も何人か、マレーシア人も、エジプト人も、イタリア人も居た。

 

「私の学校は、入るのはとても苦労しましたが、入って、本当に良かったと思います。きれいな校舎もありますし、将軍様の言葉が刻まれた石碑の横で勉強できます。学園祭みたいなものも時々あって、アリランの踊りを踊ったりします。」

 

 ある程度話し終えると、ミニョンはカバンの中から分厚いノートパソコンを出して、彼女の学校の写真を私たちに見せてくれた。その写真は全て作り物のように整っていたし、ミニョンが写っているものなんて一枚もなかった。

朝日に輝く校舎の写真、金正日が言ったという言葉の石碑、上が白で、下が黒のチマチョゴリを着た美しい女性の写真。彼女の学校の制服だという。そして、アリランの踊りを踊る人たち。すべて国が指定した写真だと、その場にいる誰もが気付いた。

 

それを、誇らしそうに見せるミニョン。目をキラキラさせながら、彼女はさらに衝撃的なことを教えてくれた。

 

「私の学校では給食があります。給食は、他の学校にはありません!なので、とっても名誉なことなんです。内容は、飲みものと、四角くてふわふわな少し大きめのパン一つです。とっても美味しいです!でもその給食を、家にいる弟や妹に食べさせてあげたいと、食べずに持ち帰る人も居ます。そんな友達のことを、私たちはとても尊敬して居ます。」

 

北朝鮮では食べ物が少なくて、給食に出て来るようなフワフワなパンは家では食べられない。兄弟が多い家や、家族思いの子は、自分がどんなにお腹が空いていても、家に持ち帰るらしいのだ。

 

他の学校に給食がないということは、ミニョンはその学校に入る前、給食もない状態で勉強してたのだろうか。

 

お腹を空かせた状態で勉強しても、国で一番の学校に入れる程の成績を出せる人だけが食べられるたった一つのパン。そのパンが、その経験が、ミニョンにとってはとても素晴らしく、どんなに嬉しいことだったか。彼女の透き通った目からわかった。

 

私はただただ、驚いていたことを覚えている。彼女と自分の育った環境の違いに、ただ唖然とするばかりだった。

 

 

育った環境が違っても、優しい気持ちは同じ

 

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私は、ある日の授業で、遅刻してしまった。その日までに提出しなきゃいけなかった作文がどうしても終わらないまま寝てしまって、朝起きてから仕上げたからだ。

 

教室に入ると、食堂に朝ごはんを買いに行っていたみんなが続々と帰って来た。私が通っていた学校では、1時間目が終わると、クラスみんなで食堂に出かけてご飯を買うのが日課だった。ミニョンが持っていたのは、袋にたくさん入ったミニ肉まん。留学生の間で人気の朝ごはんだった。

 

私は思わず、「美味しそうだね」と、口にした。ミニョンは「あら、来てたの。おはよう!」と言いながら、当然のように私の隣に座り、「あなたの分もあるわよ!一緒に食べよう」と、ビニール袋を私の方に向けて、開いた。

ミニョンは、2時間目から私が来るのを知らなかっただろうから、私の分も買って来ているハズはない。それでも、私が朝ごはんを持っていない様子を見て、当然のことのように分けてくれた。スマートで、美しすぎる優しさだった。

 

 

あんな国、でも、そこは誰かの祖国

 

ミニョンは、家族全員で中国に来て居た。彼女のような外国にいる出稼ぎの北朝鮮の人は多くの国にいて、合わせて1000億円(年)を北朝鮮に送っているらしい。それはもしかしたら、ミサイルの開発に使われているのではないかと言われている。

 

ミニョンが、北朝鮮のことをどう思ってるかは、本当に本当のことは彼女にしかわからない。私達が聞いた授業でさえ、どこまでが本当だったのか...と思い出せばキリがない。私たちは、そういうイメージを持ってしまっているから..

 

でも、どんなに分からない国であっても、そこが友達の大事な祖国だという視点を、ミニョンが与えてくれた。

 

その視点があるだけで、遠いはずの北朝鮮は、グッと近くなる。

 

私が日本を大事と思うように、同じ気持ちを、あの国の人も持っている。

 

酷いことをたくさんしている国だと思う。拉致問題なんてとんでもない話過ぎる。ミサイルのニュースを見ていると、つい、強い気持ちが湧いて来て、あんな国無くなってしまえばと思いそうになる。

 

テレビで、将軍様は素晴らしいと泣きながら叫ぶ人たちを見ているとドキドキしてしまう。ミニョンが映ってないか、無自覚に探している。姿を見たい気もするし、一方、映っていたらどうしようといったように、気持ちが混ざり合ってザワザワする。

 

でも、その時にミニョンの笑顔が、一緒に食べた肉まんの味が、必ず浮かぶ。本当に美しい笑顔ができる人。

そして、どうか、ミニョン達が無事で幸せで居てくれないかと祈りみたいな気持ちが湧く。

 

この先の人生、ミニョンに会うことは難しいと思う。けれど、どんなに酷い国だと思っても、どんなにその現実に目を疑っても、どんなに文化や育ちの差を感じようとも、

 祈りの気持ちは消えない。

 

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なんて幸せなんだろうと、ふと、思う

 

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なんて幸せなんだろうと、しばしば思う。
 
この前も、職場に向かう電車の中でしみじみと幸せを感じた。朝6時には車内にいたけれど、昇り立ての朝日が強くて強くて。
眩しい、と、幸せ、が一緒にこみ上げてきた。
 
 
26歳、おんな。仕事は中国語の通訳。
私自身にめちゃくちゃお金があるわけでも、大企業にいるわけでも、ない。
友達も特別多くない。交友は、狭く、深い。
基本は楽観的だけれど、いつもハッピーなわけでもない。イライラすることも、悲しくなることも多々ある。
 
持っていない、わけではない。でも、特別何かを持っているわけではない。
 
それでもなんでこんなに幸せで幸せで仕方なくなるのだろうか。
不思議になって考えてみた。
 
 

自分で考えて考えて、自分で選んできた。

 
なんでこんなに幸せなのか、しばらくの間考えてみると、これに着きた。
 
思えば、ここ何年かは選択の連続だった。学生の頃からだ。留学の時期。吹奏楽部を続けるか辞めるか。そして、就活。あげるとキリがない。
 
社会人になってからも変わらない。新卒で入った会社で1日十何時間働いて身体が続かなくなり、4ヶ月で辞めるという選択をした。
 
退職後、せっかく社会のレールから外れたし、好きな方に行ってみようと、アロマセラピーの国際資格を取ることを決めた。資格取得後、その勉強の過程で得た皮膚や身体に関する知識と、元から持っていた中国語を合わせて、通訳の仕事をすることに決めた。
 
仕事だけじゃない。
20歳年上の恋人とのことについても考え抜いた。将来的に一緒にいたいのか、別れるのか。彼を大事にし続けられるか。彼の子供が欲しいか。幸せにできるのか。考え抜いたのち、自分から彼に結婚を申し込んだ。
 
きっと誰にでも起こりうる選択の連続を、本当に自問自答だけして選んできた。
努めて、極めて自己中に。
 

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考えるってしんどい。それでも...

 
考えていると、自分でも自分がよくわからなくなる。堂々巡りになることもあるし、いつのまにか本質から外れて違うことを考えていたり。考えるって基本は面倒臭い。やめたくなる。放棄して、もういいかって言いたくなる。
 
でも、考えることだけは辞めなかった。自分の人生、全部自分で決めたいし、放棄したくない。そこに何の影響も無い状態にしたくて、誰かに相談もしなかった。
 
それによって得たものは、今の幸福な気持ちの根底にある、圧倒的な納得感だった。
 
 
 

圧倒的な納得感が幸せに繋がる

 
私はいま、自分の好きなものに囲まれて、中国語というスキルを発揮できている。それに、大事な人々が幸いなことに健康だし、思い合えている。
 
たしかにそれも幸福だけれど、それだけでなく。
 
誰にどう思われるとか、家族がどうだとか、世間的にどうだとかは考えず、自分にとって何が幸せかを考えて考えて、脳みそを絞りきって選択してきた。
 
この、自分で選べて納得してると言う、圧倒的納得感。揺るぎようがない、自分の人生を生きているという感覚。
これか、と目を刺すような朝日の中で思った。
 
この幸福感の正体は、圧倒的な納得感だったんだ。
 
 

これからも、自分で選んで生きていく

 
もっと前は、全然自分で選んでいなかった。
色んな人に相談し、それを鵜呑みにすることさえあったし、そこまでじゃなくても影響はかなり受けていた気がする。
 
それでもある時、ふと思ったことがあって
その時の気づきが、今の幸福感に繋がっている。
 
明日、ここから私が死んで居なくなっても、この場所はいつも通り回る。悲しむ人が居てくれたとしても、社会の中は何も変わらない。学校でも、仕事場でも、街中でも同じ。何も変わらない。私が生きたいように生きても、生きなくても何も変わらない。
じゃあ、自分で考え抜いて、生きたいように生きた方が良い。
 
そして、それはあなたも同じ。感じ方は違えど、事実は同じ。
 
幸福感いっぱいの人が増えたらいいな。
 
 
そう思ううちに、朝日が昇りきった。
 

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